年金ロボットをめざして

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イナバウアー

イナバウアー(Inabauer)といえば、国内では荒川静香さんの代名詞ともなったフィギュアスケートの技だ。もともとは、1950年代に活躍した旧西ドイツの女性フィギュアスケート選手、イナ・バウアーが開発した技であるためその名が付いたものだ。

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ぼくは荒川静香のこの技に感動したのだ。

それというの、どの選手もいかに高得点を取るかにしのぎを削っていて、その結果の僅かの差によって金メダルと取れるかどうかというときに、得点にあまり関係のないこのイナバウワーを取り入れたというそのことにぼくは感動したのだ。人が感動するポイントというものは人それぞれだろうが、ぼくはこういうときに感動する。

柔道なども、ヨーロッパ勢などはいかに勝つか勝ちやすいかに重点をおいた戦い方をするが、日本勢は柔道本来の美しい戦い方や一本を取ることに拘る。勝負や競争というものは勝たなければならないし敗者には何も与えられない。つまり勝たなければ意味がない。そう考えるのが当然だろう。

ぼくは荒川静香イナバウアーに武士道を見たのだ。だから感動した。勝つことだけに抜け目のない狡猾な戦い方には感動はできない。損得を越えた挑戦は、それこそが人の心を動かすということではないだろうか。

ずいぶん前の話だと思うが、世界的指揮者、音楽家である小澤征爾さんが、目の前で二胡を弾く少女を見て涙を流すという姿をテレビで観たのだ。ぼくはなぜ小澤征爾さんが泣いたのだろうと考えることはなかった。ぼくには分かっていたのだ(と思い込んでいた)。

演奏が素晴らしいというだけでは感動をしたとしても公然で涙まで流さないだろう。ぼくは小澤征爾さんが涙を流しているということまで含めてその状況に感動したのだ。そしてぼくも涙を流した。

二胡はとても単純な楽器だ。この楽器に疑いを持つことなく厳しい鍛錬に耐え二胡に練達した少女。その少女は今目の前で、二胡の能力を超えた演奏を魅せている。その純粋さに心を打たれたのではないか。ぼくは勝手にそう決め込んでいた。

また話は変わるが、Qちゃんこと高橋尚子さん、シドニーオリンピックにおけるマラソンの金メダリストだ。オリンピックのマラソンで金メダルを2大会連続で取ったのはかのアベベ(Abebe Bikila)だけだ。彼女はシドニーの後、もう一度金メダルを取れたなら死んでもいいといった。しかし残念ながら、Qちゃんは選考からもれてしまった。

言葉だけとはいえ、死んでもいいといった女がそこにいるのだ。「負けてもいいじゃないか、行かせてやれよ」とぼくはテレビに向かって泣きながら吠えていた。浪花節なのだ。