年金ロボットをめざして

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人間の価値は努力の量で決まる?

NHK の番組「プロフェッショナル」を観た。
宇宙飛行士の若田光一さんがでていた。

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日本人初の宇宙船の船長ということで、ぼくも観ていて誇らしく感じた。

なにが凄いかって子供の頃の目標に向かって一直線に努力を続けその夢を達成した。凄いことだ。

若田さんは、それはもう並の日本人にはありえないほどの努力を続けてきたことだろうし、今もその努力は続けていると想像できる。

若田さんは言う。「人間の価値は努力の量で決まる」と。なるほどと、ほとんどの日本人は納得することだろう。そして、この若田さんの考えは若田さん同様に健全であり、多くの若者を頷かせ日本国の発展にさえ貢献する考えであるといえる。

しかし、注意しなければならないことがある。
努力のできない人間には価値はないのだろうかということだ。

人は生まれつき不公平にできている。美貌やら知能やら家柄、それに努力できる才能やら。人はありとあらゆる不公平を背負って生まれてくる。

努力は素晴らしいことだし、オリンピックで金メダルを取る人などは、信じられないほどの努力をしたことだろう。だからこそ観る者を感動させる。ぼくなども涙を流しながら感動するクチだ。死ぬほどの努力をしたのだろうな、凄いぞ、凄い、よくやったねと、心から喝采する。

だからといって、それが人の価値の上下を決めるという思想は恐ろしいものだと思う。

ぼくは平均的な日本人よりも少し努力をしてきたかも知れない。しかし、ぼくよりも努力できなかった人がぼくよりも価値が低いとは少しも思わない。綺麗事じゃないんだ。

ホームレスを暴行する少年がいる。生きている価値がない人だからと鉄パイプで打ち付けるのだろう。恐ろしいことじゃないか。

ぼくは若田さんを非難する気持ちはないよ。テレビを観ながら凄い人だと拍手拍手。若田さんは優秀な上に善良な人だろう。

ただ一つだけ言いたいのは「人間の価値は努力の量で決まる」と言うのは間違いであるということだ。ただそれだけ。若田さんは多くの人を幸福にしている立派な人間だ。そこに疑いはない。また、努力は大切なことだ。若者よ努力せよ!というならば、まったくそのとおりだと思う。

人にはそれぞれ役割があってダメなやつも立派なやつもいるもんだしそれでいいと思う。少しでも皆が努力できて成長し社会に貢献できるような環境になれば素晴らしいことだし、国はそのような環境を実現するために努力すべきだろう。

世界を見れば、今でも生まれた環境で生き方が決まってしまい、毎日毎日、ゴミの山でゴミを拾い僅かなお金に換えるしか生きる術がない子供たちがいる。

もし、ぼくがなにかを成し遂げて人の役に立ったとしても、ぼくはそうしたかったし、たまたまそれができる環境だったんだって言うだろう。カッコつけるわけじゃない。素直な気持ちだ。

人の価値に上下はないよ。

人の価値という概念を持ち出さなくても、いくらでも努力の素晴らしさを伝えることはできると思う。若田さんの努力は無条件で素晴らしい。その姿は多くの子供たちの目標になることだろう。何よりも大切なことは若田さんはその努力に見合う幸福を手に入れただろうと言うことだ。皆、努力をすれば若田さんのような幸福を手にすることができるかもしれないのだ。

だだし、人生の目標に順位はない。人生は無意味だからね。

だから、だからこそ、誰もが自分で人生の目標や意味を決めることができる。
それこそが素晴らしいのだとは思わないかい。