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年金ロボットをめざして

FX(外国為替証拠金取引)自動運用ロボットの開発ブログのはずだった

聖職の碑

思えば、ぼくは若い頃から数多くの映画を観てきた。今回はそのような数々の映画のなかから思い出に残る一作を紹介したい。
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『「聖職の碑」(せいしょくのいしぶみ)は、中央アルプス木曽駒ヶ岳における山岳遭難事故を題材とした新田次郎の山岳小説および、それを原作として1978年に鶴田浩二主演で東宝から映画化された。

1913年(大正2年)8月26日に長野県中箕輪高等小学校(現・同県上伊那郡箕輪町立箕輪中学校)の集団宿泊的行事として実施された木曽駒ヶ岳集団登山における気象遭難事故の実話に基づき極限状態での師弟愛を描き、「生きること」「愛すること」の意味を問いかけた。

主な出演者:鶴田浩二岩下志麻三浦友和田中健、中井貴惠、北大路欣也地井武男大竹しのぶ』(Wikipedia

「聖職の碑」は、ぼくが二十代の頃に観た映画だ。多分、映画館でリアルタイムに観たと思うが記憶が定かではない。ストーリーもよく覚えていないのだ。確か、数十名の学童が山で遭難してしまう話であったという記憶だ。

その他、ただ一つだけハッキリと記憶にあるのは、遭難の話を聞いた校長の妻が「覚悟はできています。生徒が一人でも亡くなればあの人は生きて帰ることはありません」と、きっぱり言ったこと。それが明治の日本人の気骨であった。その場面だけが、今日までぼくの記憶に残り続けてきた。

二十代でこの映画を観たぼくは、責任ある立場でこのような状況に置かれたら、自分もこうありたいと思ったものだ。人間の生きる死ぬは時間的にはどうせ僅かな違いなのだから、死ぬときは誇りある死に方がしたいと、この映画を観た当時の若いぼくは確信したのだった。

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そして、現代の韓国のセウォル号の沈没事件。多くの高校生を船内に残して、自分だけ一番に逃げ出した船長(左画像)。こんな卑しく生き残って平気なのか、恥というものはないのだろうか。

で、まぁ、この映画を一度目に観たときからおそらくは、30年以上経ったであろう今、もう一度観たいと思う。実は、つい先ほど映画のことを思い出して、題名がなんであったかも覚えておらず、グーグルで「学童 遭難 映画」で検索して、分かったという次第だ。

今度、TSUTAYAに行ったら借りようかと思う。今のぼくが観たらどうなんだろうと、そういう意味でも少し楽しみだね。