年金ロボットをめざして

FX(外国為替証拠金取引)自動運用ロボットの開発ブログのはずだった

人はなんのために生きているのか

ぼくは知っているぞ。それを。

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遺伝子を先に進めるためだ。なんのために先に進めたいのかそれはわからない。そもそも、この世界はとてもシンプルで、なにもかもが先に進みたいという原理に基づいているのだ。

なーんだ。じゃ、わからないんじゃないか。

ほんとうのことをいおう。人間は遺伝子を先に進めるための乗りものにすぎないのだ。だから、個々の人間の生きることに意味はない。だから、いつ死んでもいい。自殺も自由だ。いいかね、もし、生きることに意味があるとしたら、すべての人は、その目的のために生きなければならない。そんなの死んだほうがましだ。ん?

意味などないから、自由に生きることができる。これは大きな救いだ。それに、いつでも死ねるのだから、急ぐことはない。せっかく生まれてきたのだから、まずは楽しもうじゃないか。

道徳家はいう、生きることにはたいせつな意味がある。だからなにがなんでも生きなければならない。人間には価値があるのだから、生きるということを尊ばなければならない。ほんとうだろうか。うそやごまかしはいけない。

生きることの無意味は、あたたかく人間的な事実だ。これこそがヒューマニズムだと気づかないのかい。無意味が自由を生みだしていることをきみは知らないのかい。

無意味はもっともきみの存在を尊重し敬意を払ってくれているのだ。無意味だから、無意味だからこそ、すべてのことについて、選択権はきみにあるのだ。

えーい、黙って聞いていれば、生きることに意味がないなど、なんという罰当たりなことをいうのだ。それでも人間か!サルにでもなれ!

ああ、なってやるとも!と、サルを通り越してサルトルになってしまったというお話し。