魔術師をめざして

魔術師を目指して、相場・数学・プログラム言語を研究しています。

ニーチェ実存哲学の中間報告

現在、キルケゴールを始めとする、ニーチェ
実存哲学を学んでいる。ただし、現時点の理解では、
ニーチェに至る、実存主義は、人間は、何れ絶望に至るという、
考えで、😹は、現時点では、絶望の哲学と呼んでいる。
詳しくは、今、述べないが、サルトル実存主義に希望を持っている。
サルトルが駄目でも、最後の希望、ハンニバルがある。

ニーチェは、人間がどんな尊厳を選んでも、所詮、他者が作った価値観に
踊らされただけに過ぎず、やがては必ず絶望に至るのだと言う。
死にも意味は無く、死も絶望なのだと言う。ハンニバルは、これとは違う。
例え、生きる意味をキリスト教に求めても、河原での石投げを選んだとしても、
本人が決めた尊厳である以上、問題などない。ただ、
途中で変更することも問題なく、それも、尊厳なのだ。
それを他者が評価する必要は無い。できないのだ。
無意味だとか、間違った価値観の影響だとかね。

それを判断するのは本人だけの権限なのだ。
間違いだと気付けば変えればいい。
どうやって、尊厳を定めればよいのか、ハンニバルが手助けをする。
当然、ハンニバル自身が尊厳を選ぶことはできない。
この辺りを、サルトルと格闘後に、理論強化したい考えだ。

今はただ、ニーチェへの理解不足であることを祈るばかりだ。
また、理解も進むだろう。早まるなかれ。また書くよ。

ドーキンスが、宗教と戦う様に、ハンニバルは、
ニーチェと戦わねばならないかも知れない。
なお、宗教は、ハンニバルの何ら敵では無い。